先週末、放ったらかしにしていた庭の整理と掃除をした。
昨日の台風に備えるのと、伸び放題で息が詰まりそうになっていた草木たちの風通しを良くするために。
本当は伸び過ぎている木の枝も小型のチェーンソーで切りたかったのだけど、体力が続かず次の機会にすることにした。
昨夜遅くに風が強まり、雨風のピークは夜中から明け方だったようだ。
風の音といろいろな物音でよく眠れず、朝はいつもより遅い目覚めとなった。
起きてまず最初にするのは猫さんのご飯。
キッチンに行ってふと庭を見ると、枝が数本折れている。
私が切ろうと思っていたやつだ。見事に全部折れてくれている。
そして他のは健在。
自然の力ってすごーい! と思うと同時に
え?これってもしかして・・・
オーダーが通った結果とか?
お願いしたつもりはないけど、切ろうと考えていたのは事実。
偶然と言えばそれまでだし、この世に偶然はないと言えばそうなる。
要は受け入れるか受け入れないかだけである。
それは自分が決めるだけ。自分次第。
実はここが凄く重要なとこだと思う。
受け入れるということは、自分の器にゴミが溜まっていないこと、通信ラインや道に詰まりがないことを認めることにもなるのではないか。
そうなれば、オーダーはどんどん通りやすくなる。
受け入れないということは、自ら詰まらせていることにならないだろうか。
小笠原さんが仰るところの、思い込みや常識(という思い込み)といった思考の癖ではないのだろうか。
どう考えるかは個人の自由。選べるのは自分だけ。
その結果が顕著になるのが天縄文時代のようです。