宗教、科学、哲学等々いろいろな話の中で共通するところに真実があるのだろうと思っている。
だから1つの何かを追求するよりも、いろいろな話を聞いたり読んだりするようにしてきた。
天縄文理論の小笠原さんのお話だと、30年前までは真実は隠されていたり、誤魔化されていることが多かったが、その後は段々と公になっていくということだった。
実際この30年の間、まさにそういった展開になってきて、情報が取りやすい時代になった。
一方で情報量の増え方が尋常じゃなく、情報の取捨選択が重要になっている。
そこへ今、AIが入ってきて、ますます情報の選択、使い方に注意が必要である。
あ、話が逸れてしまったので戻す。
最近「トランサーフィン」というのを知り、面白そうなので本を買ってみた。

まだ読み始めたところだが、天縄文理論と共通するところが多々あるなぁと感じている。
トランサーフィンについての書籍が初めて出版されたのが20年ほど前ということなので、成る程、情報解禁になったから出せたのかもしれない・・・なんて考えながら、ますます興味が湧く。
まだ第1章を読んでるところだが、言葉や表現の仕方は違うが天縄文理論と本質は同じだと思う。
そこで思い出した話がある。
オーダーすればその通りのものが必ず受け取れるのが宇宙のルールだという。
例えばレストランで、メニューから食べたいものを選んでオーダーすれば、やがてオーダーした料理が運ばれてくる。
料理が運ばれてくるまでは、自分のやりたいことをして過ごす。
厨房に入っていって、ちゃんと作られているかどうか見張ったりはしない。
つまりオーダーした後は放っておいたらいいわけだ。宇宙に対しても同様。
じゃあ望んだものが来ないのはなぜ?という話になる。
まずはオーダーしているかどうか。そして正しく伝わっているかどうか。
根本的な話だけど一番重要。これは説明するまでもないですね。
そして「自分の器」に入るスペースがあるかどうか。
器をトラックだと考えると・・・
自分の器が1tトラックだったら、1tを超える荷物は積めない。
なので、工場に品物を2t注文しても1tしか届かない。
或いは、トラックに他の荷物が積まれていたら、空いているスペース分しか物は積めない。
これを小笠原さんは「ゴミ」と表現していた。
長年使っていると、知らないうちにゴミが蓄積していることがある。
そのゴミとはケガレとかアカといったものだ。
これを掃除するには、神社でお祓いしていただくのが一般的である。
ただ、お祓いしたとしても、また知らないうちに蓄積していくのが普通だ。
その原因の一つは自分の内側にある「思考の癖」ではないかと思う。
こうするべきという思い込みとか、常識と思っていることとか、こういう人に見られたいと無理していることとか・・・
本当の自分とはズレていることをしていると、少しずつ少しずつストレス(マイナスエネルギー)が溜まっていくのは当然。でもこういうのってあまり意識出来ていないんじゃないかと思う。
なぜ本当の自分とズレるのかというと、他人軸で考えてしまうから。それが癖になっている。
いろんな思いや想い、そして重いもの、積んでませんかね?
こんなこと偉そうに書いてしまっているが、私だってそうである。
直していきたいと思っている。
そして直すには、まず自分がそうであることに気づく必要がある。
気づきからしか始まらない。
出来れば、自分の器はいつも綺麗にしておきたい。チャンスを逃さないためにも。